大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 昭和37年(ワ)512号 判決

原告 浅野一郎 外七四名

被告 日本国有鉄道

主文

被告は、別紙債権目録(第一)記載の原告らに対し、それぞれ同目録(第一)認容額らん記載の金員およびこれらに対する昭和三七年四月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

右原告らのその余の請求および別紙債権目録(第二)記載の原告らの請求を棄却する。

訴訟費用中、債権目録(第一)記載の原告らと被告との間に生じたものはこれを二分し、その一を右原告らの負担その余を被告の負担とし、同目録(第二)記載の原告らと被告との間に生じたものは、右原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一  原告ら

「被告は、原告らに対し、それぞれ別紙債権目録(第一)(第二)各賃金カツト額らん記載の金員およびこれらに対する昭和三七年四月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決および第一項について仮執行の宣言を求める。

二  被告

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」

との判決を求める。

第二請求の原因

一  被告は、日本国有鉄道法に基づいて鉄道事業を経営し、仙台市に東北支社をもつ公共企業体であり、原告らは、いずれも被告の職員として雇用され、郡山工場において債権目録(第一)(第二)中各職場、職名らん記載の職務に従事している。

二  (一) 被告は、郡山工場の職員に対し、毎月二〇日にその月の賃金を支払うことになつている。

(二) 昭和三七年三月三〇日頃、債権目録(第一)記載の原告らは三月三一日に一日の、同目録(第二)記載の原告らは同日に午前半日の有給休暇の請求(労働協約により勤務時間午前八時二五分から午後四時五五分までの全一日又は午前八時二五分から午後一二時二五分まで、午後一二時五五分から午後四時五五分までの各半日を単位として請求することになつている。)をそれぞれ所定の手続に従い行なつたところ、被告からいずれも承認された。

(三) しかるに同年四月二〇日被告は、原告らに対しそれぞれ債権目録(第一)(第二)各賃金カツト額らん記載のとおり一日八時間分又は半日四時間分の金額を差し引いて賃金を支払つた。

よつて原告らは、被告に対し前記各債権目録中賃金カツト額らん記載の金員およびこれらに対する右金員の支払期日の翌日である昭和三七年四月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告の主張

一  請求原因に対する答弁

原告らの請求原因一および二(一)(三)の事実は認める。二(二)の事実中、原告浅野一郎、大橋幸作、大堀金三郎、遠藤広、渡辺吉美、大谷徳夫、遠藤明、藤田栄三、柳川林次郎、遠宮俊男、小谷野勇、大越民治が有給休暇の請求をし、これに承認を与えたとの点および原告増子正、柳沼幸恵、安藤功、橋本伝吉に対し有給休暇の承認を与えたとの点は否認、その余は認める。

二  有給休暇の承認と原告らのその利用

(一)  原告らに対する有給休暇の承認関係

(機関車職場関係)

昭和三七年三月三〇日、原告浅野一郎は阿部工作指導掛に、同大橋幸作は安斉工作指導掛に、同大堀金三郎、渡辺吉美は安中工作指導掛に、同遠藤広は蛇石工作指導掛に、同大谷徳夫は高松工作指導掛に、同遠藤明は加藤工作指導掛にいずれも家事用務を理由として同月三一日に一日の有給休暇の請求をした。そこで右工作指導掛らは、これらの原告に対し岩淵助役に直接休暇の承認を申し込むことを伝えもし三〇日、三一日の闘争(後記(二)の闘争をいう。以下同じ。)に参加したときは欠勤とすることを警告したが、前記原告らは同助役にその申込みをしなかつた。従つて休暇を承認された事実はない。同年三月三〇日、原告国分正蔵、関根七郎、沖野利二、芳賀良明、佐藤重雄、家久来寛二は家事用務を理由として、同国井重徳は親戚の不幸を理由として、同栗山盛久は東京の妹のところへ行くことを理由として、同角田行夫は妹の縁談を理由として、同菅野幸夫は引越しを理由として、同上遠野善一は見合いのためを理由として、同橋本忠はお祝いを理由として、同遠藤幸男は子守りを理由として、同清田義晴は妻の病気を理由として、いずれも岩淵助役に同月三一日に一日の有給休暇の請求をしたので、同助役はこれらの原告に対し闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としてその請求に承認を与えた。

同年三月二九日、原告増子年夫は、岩淵助役に家事用務を理由として翌三〇日から四月三日までの有給休暇を請求したので、同助役はこれに承認を与えた。

(工機職場関係)

原告藤田栄三は、同年三月三一日に無届けで欠勤したものであつて同原告には休暇を承認した事実はない。

同年三月三一日、原告増子正、柳沼幸恵は三浦職場長に蔵王にスキーに行くことを理由として、いずれも代人により同日に一日の有給休暇の請求をしたが、承認されなかつた。

(貨車職場関係、その一)

同年三月三〇日、原告望月等、宗形嘉正は桜川工作指導掛に、同渡辺文夫、渡辺蔵次は関根工作指導掛に、同水上彦重は天野工作指導掛に、いずれも家事用件を理由として同月三一日に一日の有給休暇の請求をしたので、右工作指導掛らはこれらの原告に対し闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としてその請求に承認を与えた。

(営繕職場関係)

同年三月三〇日、原告安藤功は、大島職場長に東京に旅行のためを理由として同月三一日に一日の有給休暇の請求をしたが、承認されなかつた。

(旋盤職場関係)

同年三月三〇日、原告植田吉範は高塚工作指導掛に風邪のためを理由として、同柏原啓助は柳沼工作指導掛に子供の入学のためを理由として、同伊藤三治は飯塚工作指導掛に、同深谷甲子二、加藤俊伍は国分工作指導掛に、同遠藤栄は三部工作指導掛に、同根本辰吉は近内工作指導掛に、同川瀬捨蔵は桑名工作指導掛に、同田中寛は佐藤工作指導掛にいずれも用事を理由として同月三一日に一日の有給休暇の請求をしたので、右工作指導掛らはこれらの原告に対し闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としてその請求に承認を与えた。

(工具職場関係)

同年三月三〇日、原告高田栄重、遠藤俊雄、広瀬徳蔵は家事用務を理由として、同遠藤鶴寿は仙台私用を理由として、いずれも近藤職場長に同月三一日に一日の有給休暇の請求をしたので、同職場長はこれらの原告に対し闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としてその請求に承認を与えた。

(鍛冶職場関係)

同年三月三〇日、原告橋本伝吉は、桑野職場長に家事用務を理由として同月三一日に一日の有給休暇の請求をしたが、承認されなかつた。

同年三月三〇日、原告柳川林次郎は佐々木工作指導掛に、同遠宮俊男、小谷野勇は佐藤工作指導掛にいずれも家事用務を理由として同月三一日に一日の有給休暇の請求をしたので、右工作指導掛らは、これらの原告に対し桑野職場長に直接休暇の承認を申し込むことを伝え、もし闘争に参加したときは欠勤とすることを警告したが、前記原告らは同職場長にその申し込みをしなかつた。従つて休暇を承認された事実はない。

(製罐職場関係、その一)

同年三月三〇日、原告遠藤亀太郎、小野崎秀蔵、佐藤定雄、佐藤四郎、渡辺志夫、山川英雄、宇内広喜、横田年男、三阪寛弥、大河原寛、清水勉、熊田利美はいずれも大西助役に家事用務を理由として同月三一日、同伊藤平は同原告の代人から同助役に家事用務を理由として、同月三一日に一日の有給休暇の請求をしたので、同助役はこれらの原告に対し闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としてその請求に承認を与えた。

(鋳物職場関係)

同年三月三〇日、原告相原今朝四郎は頭痛のためを理由として、同広江克美、渡部吉人、加藤博は家事用務のためを理由として、いずれも伊藤職場長に同月三一日に一日の有給休暇の請求をしたので、同職場長はこれらの原告に対し闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としてその請求に承認を与えた。

(電機職場関係、その一)

同年三月三〇日、原告鈴木利喜雄は物置修理を理由として、同石井久雄は物置雨洩れ修理を理由としていずれも久米職場長に同月三一日に一日の有給休暇の請求をしたので、同職場長はこれらの原告に対し闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としてその請求に承認を与えた。

(輸送職場関係)

同年三月三〇日、原告橋本智治は柳津に用事を理由として、同飯野春夫は私用件を理由としていずれも服部職場長に同月三一日に一日の有給休暇の請求をしたので、同職場長はこれらの原告に対し闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としてその請求に承認を与えた。

(貨車職場関係、その二)

同年三月三〇日、原告厚海寛、橋本勝蔵は、いずれも桐生工作指導掛に家事用務を理由として同月三一日に午前半日の有給休暇の請求をしたので、同工作指導掛はこれらの原告に対し闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としてその請求に承認を与えた。

(製罐職場関係、その二)

同年三月三〇日、原告柳内一男、国井豊重は、いずれも大西助役に家事用務を理由として同月三一日に午前半日の有給休暇の請求をしたので、同助役はこれらの原告に対し闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としてその請求に承認を与えた。

(電機職場関係、その二)

同年三月三〇日、原告大越民治は勅使河原工作指導掛に叔母の病気見舞いを理由として同月三一日に午前半日の有給休暇の請求をしたので、同工作指導掛は、同原告に対し久米職場長に直接休暇の承認を申し込むことを伝え、もし闘争に参加したときは欠勤とすることを警告したが、同原告は同職場長にその申し込みをしなかつた。従つて休暇を承認された事実はない。

(利材職場関係)

同年三月三〇日、原告鈴木ツキ子は、本柳職場長に家事用務を理由として同月三一日に午前半日の有給休暇の請求をしたので、同職場長は同原告に対し闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としてその請求に承認を与えた。

なお有給休暇の承認権者は、所属長である工場長であるが、慣行により職場長又は助役が承認を与えていた。又工作指導掛が承認を与えた場合も、それは職場長らに代りなしたものであるから、事実上有効な有給休暇の承認として取り扱われていたが、これらの慣行はいずれも平常の状態におけるものにすぎなく、被告は、原告らの本件有給休暇の請求に対しその利用による違法状態の発生を阻止するため、特に休暇請求の理由をただし正規の権限者による承認手続をとつたものである。

(二)  原告らの有給休暇の利用

被告において有給休暇の請求に承認を与えた原告らが、その休暇を請求した前記各理由はいずれも単なる口実であつて、真実は岩沼駅における昭和三七年三月三〇日の深更から三一日午前六時過ぎまでの闘争(当初の計画によると、解散予定時刻は三一日午前八時であつた。)に右原告らがピケ隊員として参加するためのものであり、三一日の郡山工場の出勤時間である午前八時二五分までに工場に帰ることができず、かつ就寝して休養する必要があつたため、換言すると、本件有給休暇の承認をうけなければ右闘争に参加することが場所的、時間的にみて不可能であつたために、いろいろの理由を言い立てて三月三一日の有給休暇を請求したものであり、その余の原告らも、いずれも右闘争にピケ隊員として参加したものである。

岩沼駅における争議行為の概況は次のとおりである。

原告らの所属する国鉄労働組合(以下国労という。)は、昭和三七年三月二七日頃年度末手当要求(〇、五箇月プラス三、〇〇〇円)を貫徹する目的で、「一、各地本は全組合員に経過を明らかにし、たたかう体制を強化すること。二、支社長、局長、工場長に対し集団抗議の交渉を中央交渉妥結まで連日行なうこと。三、各地本は指令第二三号の順法、業務切捨て闘争を本日以降強化し、客貨列車に打撃を与えること。四、各地本は三月三〇日二二時以降三一日八時までの間に運輸運転関係職場を指定して勤務時間内二時間の時限ストを実施すること」等の違法な争議を実施することを決定し、その旨を鈴木執行委員長名をもつて各地方本部に指令した。右指令をうけた国労仙台地方本部は、岩沼駅を拠点として右指令の時限ストを実施することを決定し、傘下組合員にその旨を指令した。そして右時限ストを実効あらしめるために招集されたピケ隊員として、国労仙台地方本部所属の郡山工場等の職員である組合員は三月三〇日午後一一時四〇分頃から岩沼駅前広場に集合を始め、翌三一日午前二時頃にはその数約三〇〇名に達し、その他の支援組合とも合して約八五〇名に達した。同二時五〇分頃国労仙台地方本部戸田執行委員長は右ピケ隊に対し闘争突入宣言を行ない、ピケ隊は二班に分かれ、スクラムを組みワツシヨイワツシヨイの掛け声と共に砂塵をあげてジグザグ行進を開始し、同三時五分頃同駅前広場から立入禁止になつている同駅構内に進入し、右のうち一班のピケ隊約四五〇名は同駅南部信号所附近に、他の一班のピケ隊約四〇〇名は同駅北部信号所附近に集結し、同三時二〇分又は二五分頃から同信号所附近の下り本線路内に立ち塞がる等してそれぞれ同信号所を包囲し、労働歌を唱い等して気勢をあげていたが、同四時三五分頃第一一三旅客列車が同駅南部信号所に近接し、同列車を運転していた機関士斉藤文三郎が下り本線路内に立ち塞がつている約五〇名のピケ隊に対し緊急汽笛を数回連続吹鳴して進路からの退去を要求したが、ピケ隊は退去しなかつたので、同列車は同信号所附近に同四時四一分頃停車するのやむなきにいたつた。この事態に対し、岩沼駅長会田政志と国労仙台地方本部書記長相沢亀吉との間に、ピケ隊の右線路外退去について交渉がなされ、その結果同書記長の指示によつてピケ隊は同列車の進路から退去したので、同列車は同信号所附近に六分間停車し、岩沼駅ホームに同四時四九分頃到着することができた。ところがその頃同駅北部信号所附近から下り本線路内に移動してきた約一五〇名のピケ隊は、四列縦隊にスクラムを組み同列車の進路に立ち塞がり、同列車の発車を阻止したので、右岩沼駅長らがマイク又はメガホンおよび口頭をもつて間断なく退去を通告したが、全然応ずる気色もなく、同四時五八分頃出動した公安官ともみあい、同五時三分頃ようやく同列車の進路より退去した。このため同列車は一三分三〇秒遅延して出発した。前記ピケ隊はその後同駅前広場に集合し、同六時一〇分頃解散したが、ピケ隊のため右列車遅延のほか、同駅の一般業務は渋滞した。

三  本件賃金請求を拒否する理由

被告において有給休暇の請求に承認を与えた原告らは、いずれもこれを争議行為に利用したものであるから、次の理由により本件賃金請求権がない(なおその余の原告らに賃金請求権がないことはいうまでもないが、かりに一部の者について被告が有給休暇の請求に承認を与えたとしても、同一の理由により本件賃金請求権がないものである。)。

(一)  有給休暇請求権の性格とその利用目的の限界

(1) 労働基準法第三九条第三項は、労働者に可及的にその欲する時季に有給休暇を付与すべきものとしているがその付与される時季については、使用者の事業運営に支障を与えないように両者間の調整をはかるため、使用者は労働者より請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合には、請求の時季にこれを与えないで他の時季に与えることができるとしている。すなわち有給休暇請求権を具体的な時季に行使するには、単に労働者の一方的な意思行為のみによつてこれを決定行使できるとするものではなく、その間事業運営の面を考慮し、使用者側に請求の時季に付与するか、あるいはその時季に与えないで他の時季とするかについての判断決定という意思行為を介在せしめ、これを通じて具体的有給休暇請求権の行使ないしその実現を図つたものである。

ところで同条第一、二項は、有給休暇付与の条件として、一定年限の勤続、一定日数の勤務を要求しており、同法が範としたと考えられるILO第五二号「年次有給休暇に関する条約」に基づく同第四七号「年次有給休暇に関する勧告」にも同旨の定めがある。すなわち有給休暇は、一定の期間勤続した者のみに与えるところにその実体があり、有給休暇制度の目的は、労働者が人たるに値する生活を享受できるようにするところにあることは勿論であるが、使用者にとつては、労働者の継続した勤務に対する「報償」としての意味をもつものであり、利害の関係からいつても労働者の休養等が結局労働者の肉体的、精神的充実をきたし、勤労意欲を増し、ひいては勤務能率の向上を期待し得るところから、ノーワーク・ノーペイの原則を破り賃金を支払つても長い目でみて決して不利益ではないとされているものである。

従つて一般的には、労働者が有給休暇をどのように利用するかはその自由に委ねられているが、右の趣旨から、有給休暇制度は、使用者、労働者間の労働契約が本来の契約の本旨に従つて履行されている平常の状態を前提として労働者に付与されるものであり、有給休暇が労働者によつて争議行為という本来の契約の本旨と反対の行為に利用されることは、その趣旨を全くゆがめるものであり、使用者に対する信義則上からも許されていない。争議行為の期間中賃金が支払われないことはノーワーク・ノーペイの原則上当然であるが、争議行為のために有給休暇を請求することは、使用者にその期間中の賃金を支払わせながら、これに打撃を加えようとするものであつてフエアプレーの精神に反し、その請求を認めることは罰則付で使用者にこれを強制するという極めて不当な結果を強いることとなる。

従つてこのような利用のための有給休暇の請求は、使用者がこれを拒否することができ、又すでに有給休暇を与えることを使用者が承認した後においても、労働者がその日に行なわれた争議行為に参加した場合には、その請求と承認とは法律上効力のないものであるから、使用者は当該日を有給休暇として取り扱わなくても違法でない。

(2) 被告は、有給休暇を請求した原告らが前記闘争に参加するためにその請求をしていることを事前に察知したので、右原告らの公共企業体等労働関係法第一七条違反の争議行為参加を解除条件とすることを明示してその請求に承認を与えたのであり、右原告らが闘争に参加したことにより解除条件が成就したので、本件有給休暇の承認は失効したものである。

(3) 有給休暇を請求した原告らは、争議行為を禁止されているにもかかわらず、前記闘争に参加するため請求したこと、被告が、このような違法状態の発生を憂慮して、前記のように条件をつけて承認したものである経緯に鑑み、かつ右原告らと被告とが継続的関係に立つて共に交通の確保という公共の利益に重大な関係のある事業の正常な運営について国民に対し責任を負うものであることを考え合わせると、右原告らの本件有給休暇の請求は、前記闘争参加のためという最も重要な契機を秘匿すること(従つて被告は、時季変更権を適切に行使できなかつた。)により使用者たる被告を欺くものであり、労使関係を支配する信義則に反し是認しえない。

従つて右請求は権利の濫用であり、これに応じて与えられた承認も法律上効力のないものである。

(4) かりに有給休暇が適法に与えられ、労働者が賃金請求権を失わない場合であつても、その全部又は一部を利用して争議行為を行なつた場合には、前記のような信義則からいつて、労働者は賃金請求権を行使し、使用者にその支払を求めることは許されない。

なお被告は、前記闘争について原告らの一部の者に対し制裁処置(戒告)をとつたことはあるが、三月三一日の一日又は半日の不就労そのものを理由として制裁処置をとつたことはない。懲戒処分としての制裁と、賃金カツトとはもとより両立するものである。

(二)  仮定的抗弁

(1) 労働協約および就業規則によると、原告らは、一年間(その始期すなわち発給日は人によつて一定しない。)に二〇日の有給休暇をとることができることになつており、又この二〇日は発給日から二年内にとることができ、二年を過ぎた場合はとることができないことになつている。

ところで本件においては、昭和三七年三月三一日における原告らの一日ないし半日の不就労が、有給休暇としてのものであるか、あるいは欠勤であるかが争われているが、そのいずれをとるかによつて原告らの残余の有給休暇日数の計算が一日ないし半日分違つてくる。

(2) ところが別紙休暇使用一覧表記載のとおり同表記載の原告らは、三月三一日について、これを有給休暇としない前提で年間二〇日の休暇日数を全部取り切つている。

すなわち同表記載の期間内において、休暇日数を使い切つた最終の日の休暇請求にあたつては、右原告らとしても、三月三一日が有給休暇をとつたとは認められなく、その日は欠勤扱いとなるべきものであり、従つて同日の代りに後に一日ないし半日の休暇をとることができることを当然の前提として休暇日数を計算して請求したものであり、一方被告としては、もともと三一日は有給休暇とは認めていないのであるから、右原告らから請求があれば、同原告らが右の趣旨ですなわち被告の主張を認めた上で請求するものと認めてこれを容れ、前記最終日の休暇を承認したものである。

以上の事実によれば、かりに右原告らの三月三一日の不就労が、適法な有給休暇によるものであるとすれば、前記最終日に対する右原告らの休暇の請求は、本来請求権のないのにしたものであるからたとえ被告が承認したとしても、有給休暇の法律関係が成立しない。かりにそうでないとしても被告の承認は、要素に錯誤があり法律上効力がないから、いずれにしても前記最終日について適法な有給休暇関係が成立しない。従つて同日の右原告らの不就労について賃金が支払われるべきでない。

このようにみてくると、被告がすでに右原告らに支払つた同表記載の期間に対する賃金は、三月三一日の分をも含めた賃金に充当されたものであり、前記最終日のそれには充当されず、従つて三一日の賃金はすでに支払ずみと解すべきである。かりに右の解釈が容れられないとすれば、最終日の賃金に充当されたものは法律上の理由なくして支払われたものであるから、被告は右原告らに対し不当利得としてその返還請求権を有する。そこでこれと三月三一日の賃金債務とを対当額において相殺する。

(3) かりに三月三一日の賃金が未払であるとしても、右原告らが前記のように被告主張の正当なことを前提とするものとしか考えられない前記最終日についての有給休暇の請求を行ない、被告の承認を得て休み、かつ賃金を受領しながら、右の事情と全く両立することのできない本訴請求をあえて維持することは、信義に反し、権利の濫用に亘るものである。

以上の次第で、いずれの点からするも原告らの本件賃金の請求はすべて失当であり、棄却されるべきである。

第四被告の主張に対する原告らの反論

一  (一) 被告主張の二(一)について

(機関車職場関係)

阿部、安斉、安中、蛇石、高松、加藤工作指導掛らが原告浅野一郎、大橋幸作、大堀金三郎、渡辺吉美、遠藤広、大谷徳夫、遠藤明から有給休暇の請求をうけた際、これらの原告に対し岩淵助役に直接休暇の承認を申し込むことを伝えたとの点、闘争に参加したときは欠勤とすることを警告したとの点は否認する。これらの原告は、いずれも従来の慣行どおり右工作指導掛らから休暇の承認をうけていたものである。次に岩淵助役が原告国分正蔵、関根七郎、沖野利二、芳賀良明、佐藤重雄、家久来寛二、国井重徳、栗山盛久、角田行夫、菅野幸男、上遠野喜一、橋本忠、遠藤孝男、清田義晴に対し闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としてその請求に承認を与えたとの点も否認する。同助役から闘争に参加しないようにという一般的な警告はなされたが、それは有給休暇の承認とは何ら関係がなく行なわれたものである。以上の原告らの有給休暇請求の理由および原告増子年夫に関する点はいずれも認める。

(工機職場関係)

原告藤田栄三が無届けで欠勤したとの点は否認する。同原告は三月三〇日担当の伊藤工作指導掛が欠勤したので、代務二瓶工作指導掛に有給休暇の請求をした。原告増子正、柳沼幸恵が有給休暇の請求を承認されなかつたとの点も否認する。ところで同職場では、前日午後三時までに工作指導掛に口頭で有給休暇の請求をすれば、同指導掛がその後の一切の手続を行ない、時季変更の申出がされない限り自動的に承認される慣行が存在し、これまで最終的に不承認になつたことはなかつたのである。三月三〇日の場合も右原告らに不承認の通告は一切行なわれていない。

(貨車職場関係・その一)

工作指導掛らが闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としたとの点は否認、その余は認める。

(営繕職場関係)

有給休暇の請求を承認されなかつたとの点は否認する。原告安藤功は大島職場長から休暇の承認をうけている。

(旋盤職場関係)

工作指導掛らが闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としたとの点は否認、その余は認める(ただし原告植田吉範は、実際は仙台へ行くことを理由として有給休暇の請求をしたが、高塚工作指導掛が風邪のためとしてうけつけたものである。)。

(工具職場関係)

近藤職場長が闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としたとの点は否認、その余は認める。同職場長から闘争に参加しないようにという一般的な警告はなされたが、それは有給休暇の承認とは何ら関係がなく行なわれたものである。

(鍛冶職場関係)

被告主張のような理由で有給休暇の請求をしたことは認めるが、原告橋本伝吉が桑野職場長に有給休暇の請求をしたとの点、その余の原告らが工作指導掛らから被告主張のような警告をうけたとの点は否認する。原告らは工作指導掛ら(原告橋本伝吉は佐藤工作指導掛)から休暇の承認をうけていたものである。

(製罐職場関係・その一)

大西助役が闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としたとの点は否認、その余は認める。

(鋳物職場関係)

伊藤職場長が闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としたとの点は否認、その余は認める。同職場長から闘争に参加しないようにという一般的な警告はなされたが、それは有給休暇の承認とは何ら関係がなく行なわれたものである。

(電機職場関係・その一)

久米職場長が闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としたとの点は否認、その余は認める。

(輸送職場関係)

服部職場長が闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としたとの点は否認、その余は認める。

(貨車職場関係・その二)

同職場関係・その一に同じ。

(製罐職場関係・その二)

同職場関係・その一に同じ。

(電機職場関係・その二)

原告大越民治が久米職場長に申込みをしなかつたとの点、勅使河原工作指導掛が被告主張のような警告をしたとの点、および請求の理由が叔母の病気見舞いとの点は否認、その余は認める。同原告は塀および板壁修理を理由として有給休暇の請求をし、無条件でその承認をうけている。

(利材職場関係)

本柳職場長が闘争に参加したときは欠勤とすることを条件としたとの点は否認、その余は認める。同職場長から闘争に参加しないようにという一般的な警告はなされたが、それは有給休暇の承認とは何ら関係がなく行なわれたものである。

(二) 同二(二)について

原告らが岩沼駅における闘争に参加したことは認めるが、有給休暇請求の理由は単なる口実ではなく、原告らは別紙休暇利用状況表記載のとおり有給休暇を利用している。原告らは、昭和三七年三月三一日の郡山工場の出勤時間である午前八時二五分から退出時間である午後四時五五分までの一日、又は午後一二時二五分までの半日間の勤務について有給休暇を請求し、その承認をうけたものであるが、前記闘争は、三一日午前六時一〇分頃には完全に終了している。そして原告らのうち大部分の者は、岩沼駅午前七時一六分発の準急に乗り、郡山駅に午前九時一八分頃に到着し、以後それぞれ請求の理由のとおり有給休暇を利用したものである。従つて原告らの本件有給休暇の請求は、被告主張のように闘争参加を目的とするものではない。

国労が、被告主張のような闘争を決定し、各地方本部に指令したこと、国労仙台地方本部が被告主張のような決定をし、指令をしたこと、三月三〇日午後一一時四〇分頃から被告主張のような行動が行なわれたこと、翌三一日午前六時一〇分頃ピケ隊の解散が行なわれ闘争が終了したこと、第一一三旅客列車が一三分三〇秒遅延して出発したこと、岩沼駅の一般業務に対する影響があつたことは認める。

右闘争は、国鉄当局が国労の団体交渉権を完全に無視したことに対する抗議行動であつて、正当なものである。

二  被告主張の前提の誤りについて

原告らが岩沼駅における闘争に使用した時間は、本来有給休暇の対象とならない勤務時間外であり、原告らは、例えば休暇闘争のように有給休暇を請求すること自体を争議行為として利用したものでもないから、被告の有給休暇と争議行為に関する主張は、前提を欠き失当である。

三  有給休暇請求権の本質と休暇利用自由の原則

有給休暇制度は、使用者の恩恵的制度ではなく、国家が労働者保護のため保障した休日制度であり、それは労働力の維持培養のみならず、労働者に人間たるに相応しい最低の文化的生活を維持させることを目的とするものである。

従つてその趣旨から使用者は、有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならないのであり、ただ事業の正常な運営との関係においてのみ、時季変更権が認められるにすぎない。故に有給休暇は、使用者の承認によりはじめて得られるものではなく、本質的には形成権であるが、かりに被告主張のように使用者の承認を要するものとしても、使用者は、労働者が有給休暇を請求する目的、理由等の当否を問題としてはならないし(労働者が、その理由を述べる必要もない。)、一旦与えた有給休暇の承認を、目的、理由等の相違やその間の行動の当否をもつて取り消したり無効とすることは許されない。また有給休暇を承認するについて、被告主張のように争議行為参加を解除条件とすることも、もとより許されない。それは労働者の私生活に対する重大な干渉であり、休暇利用自由の原則に反するからである。

被告は、ノーワーク、ノーペイの原則により休暇闘争のように有給休暇請求そのものを争議行為に利用するような場合の不当性を主張するが、本件の事実関係に徴して適切でないのみならず(争議行為に関するノーワーク、ノーペイの原則は、労働者がその勤務時間中に職務を放棄して争議行為に参加した場合に、その勤務時間の賃金請求権が生ずるか否かの問題であり、本件のように勤務時間外に争議行為に参加した場合に有給休暇を取り消し得るか等という問題を決する基準とはならない。)、かりにその休暇請求により事業の正常な運営に支障を生ずる場合であれば、使用者は時季変更権を行使することができ、これにより有給休暇の請求は効力を生じないから、労働者があえて勤務を休めば無断欠勤となり、使用者は賃金支払を免れるのである。何らフエアプレーの精神に反しない。被告は時季変更権を適切に行使できなかつたとも主張するが、時季変更権は、前記のように有給休暇を請求する目的等により影響をうけるものではなく、当該事業所(郡山工場)において行なわれている日常の業務の遂行に支障を生ずるか否かの判断においてのみなされるものであり、本件の場合被告においてその事業の運営に支障を生じないとして原告らの有給休暇の請求を承認し、実際にも何ら支障を生じなかつたのであるから、被告の主張は失当である。

被告は、原告らが有給休暇の対象となつていない勤務時間外に岩沼駅における闘争に参加したことを主たる理由として、有給休暇の取消し又は無効等を主張するが、その失当であること前記のとおりであり、かりに原告らが違法不当な行為を行なつたというのであれば、その行為自体を許された範囲で処分すればよく(例えばその当否はともかく公共企業体等労働関係法第一八条、日本国有鉄道法第三一条による制裁があり、現に原告らに対し制裁がなされた。)それ以上に一旦与えた有給休暇の承認を取り消して無断欠勤扱いとし賃金をカツトして懲罰的な取扱いをするのは、有給休暇制度の趣旨および公平の原則に反し、まさに取消権の濫用であつて許されない。

四  被告主張の仮定的抗弁について

(一)  被告主張三(二)(1)の前段の事実ならびに(2)の前段にいう休暇使用一覧表記載の原告らに関する発給日、および休暇日数の計数上の主張事実は認める。

(二)  しかし被告の法律上の主張は争う。すなわち全然別の日の有給休暇の請求に基づいて支払つた賃金が、当然三月三一日分の休暇に対する賃金の支払になるといういかなる法理もない。現に被告自身、三月三一日の有給休暇の請求と承認の効力については今日なお争つているのであり、当事者間に右三一日分の賃金を支払つた意思もなければ受け取つた意思もない。たまたま全然別の社会的法律的原因によつて、同一金額が原告らの一部に支払われているとしても特別の規定がない以上、それは別個の債権債務関係であつて、これをもつて本件の弁済とするなどという理由はない。又有給休暇の請求は一日又は半日単位をもつてなされ、それに対応してその都度賃金が支払われているのであつて、一年二〇日を一セツトとして計算され支払われるべきものではない。まして、原告国井重徳ら二七名は三月三一日の賃金請求を放棄し、その代りに他の日の休暇請求をしたものでなく、三一日分の有給休暇を他に振り替える旨の合意も存しないのであるからそれは本訴請求とは別個のものである(殊に被告主張のように三一日の休暇取消しが無効なら、最終日の有給休暇の承認は錯誤で無効であり、その分の賃金が全然時期の異なる三一日の休暇の賃金に充当されるといういかなる法理もない。)

なお被告は、仮定的に最終日の賃金支払の不当利得返還請求権と三月三一日の賃金債務とを相殺する旨の主張をするが、賃金請求について別個の債権によつて相殺しえないことは労働基準法第二四条の定めるところであるから、右相殺の主張も失当である。

第五証拠関係〈省略〉

理由

一  (一) 被告は、日本国有鉄道法に基づいて鉄道事業を経営し、仙台市に東北支社をもつ公共企業体であり、原告らは、いずれも被告の職員として雇用され、郡山工場において債権目録(第一)(第二)中各職場、職名らん記載の職務に従事している。

(二) 被告は、郡山工場の職員に対し、毎月二〇日にその月の賃金を支払うことになつている。

(三) 昭和三七年三月三〇日頃、債権目録(第一)記載の原告らのうち、原告浅野一郎、大橋幸作、大堀金三郎、遠藤広、渡辺吉美、大谷徳夫、遠藤明、藤田栄三、柳川林次郎、遠宮俊夫、小谷野勇、増子正、柳沼幸恵、安藤功、橋本伝吉以外の者が三月三一日に一日の、同目録(第二)記載の原告らのうち、原告大越民治以外の者が同日に午前半日の有給休暇の請求(労働協約により勤務時間午前八時二五分から午後四時五五分までの全一日又は午前八時二五分から午後一二時二五分まで、午後一二時五五分から午後四時五五分までの各半日を単位として請求することになつている。)をそれぞれ所定の手続に従い行なつたところ、被告からいずれも承認された。

(四) 同年四月二〇日被告は、原告らに対しそれぞれ債権目録(第一)(第二)各賃金カツト額らん記載のとおり一日八時間分又は半日四時間分の金額を差し引いて賃金を支払つた。

以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  前記原告浅野一郎ほか一五名に対する有給休暇の承認関係について、当事者間に争いがあるので、これを判断する。

有給休暇の承認権者は原告らの所属長である工場長であるが、慣行により職場長又は助役が承認を与えていたこと、工作指導掛が承認を与えることもあるが、この場合も職場長に代つてなしたものとして有効な有給休暇の承認として取り扱われていたことは被告の自認するところであつて、原告らもこれを明らかに争わないところである(もつとも弁論の全趣旨によると、原告らは有給休暇請求権の性質につきいわゆる形成権説を採るものであるから、原告らにおいては、以下に述べる理由により右承認、不承認とは時季変更権不行使、行使の意思表示であり、承認権者とは時季変更権の行使、不行使の決定権者の趣旨と解する。当裁判所も、労働基準法第三九条第三項によると、労働者に有給休暇の時季指定権を認め、ただその時季が事業の正常な運営を妨げる場合にのみ使用者に時季変更権を与えているところから、有給休暇請求権は形成権と解する。したがつて有給休暇は、承認をまたず請求によつて効力を生じ、ただ事業の正常な運営を妨げる場合使用者の時季変更権の行使によつてその効力の発生を阻止されるにすぎないから、有給休暇の承認、不承認とは時季変更権不行使、行使の意思表示にすぎないし、承認権者とは時季変更権の行使、不行使の決定権を有する者を意味するものである。以下「有給休暇の承認、不承認」「承認権者」の用語は右の意味において使用する)。

(一)  昭和三七年三月三〇日、原告浅野一郎は阿部工作指導掛に、同大橋幸作は安斉工作指導掛に、同大堀金三郎、渡辺吉美は安中工作指導掛に、同遠藤広は蛇石工作指導掛に、同大谷徳夫は高松工作指導掛に、同遠藤明は加藤工作指導掛に、いずれも同月三一日に一日の有給休暇の請求をしたことは当事者間に争いがなく、被告は、右工作指導掛らが、これらの原告に対し岩淵助役に直接休暇の請求をすることを伝えたが、前記原告らは同助役に請求をしなかつたので休暇の請求およびこれを承認された事実はないと主張するところ、

(1)  証人市木政信の証言、原告遠藤明、大谷徳夫本人尋問の結果によると、右原告ら所属の機関車職場では、従来有給休暇の手続として、次のような方法がとられていた。すなわち各工作指導掛のところに休暇申込簿があり、有給休暇を請求する者は、右申込簿に自ら記入し、又は口頭で工作指導掛、または一級工作掛に申し込んで記入してもらい、昼から行なわれる工程打合せ会議の席上各申込簿により休暇の請求状況をみたうえ職場長が差支えないと認めると、工作指導掛が右申込簿のサ印らんに押印し、事務掛が右休暇の承認を休暇票に記入するとともに、申込簿の処理印らんに押印し、最後に職場長が休暇票に押印して承認していた。

(2)  証人市木政信の証言およびこれにより成立を認める乙第一号証の一によると、市木職場長は、三月三〇日午後二時四五分頃各工作指導掛に対し岩淵助役に直接休暇の請求をさせるよう指示したが、それまでは従来どおりの手続がとられていた。

(3)  証人吉田文之助の証言により成立を認める甲第五号証の三、四、一一によると、休暇申込簿中、原告浅野一郎についてはサ印らん、処理印らんに、同大堀金三郎、渡辺吉美、遠藤広については処理印らんに、各押印がなされている。

(4)  原告遠藤明本人尋問の結果によると、原告大橋幸作は、三月三〇日午後三時すぎ頃機関車職場の執行副委員長である同遠藤明に対し岩淵助役のところへ行くように言われたが、行くべきか否かをきいてきたので、同遠藤明は、すでに従来の慣行に従い工作指導掛に申し込んである以上、行く必要がない旨を述べた。

(5)  原告大谷徳夫、遠藤明本人尋問の結果によると、右原告両名が各工作指導掛に有給休暇の請求をしたのは、三月三〇日午前中である。

以上の事実が認められ、これによると、機関車職場では、慣行として有給休暇の請求は工作指導掛が受理し、職場長においてこれを承認していたこと、原告大谷徳夫、遠藤明は勿論のこと、その余の原告らも、すべて市木職場長の前記指示が各工作指導掛に到達するより前に、すでに工作指導掛らに有給休暇の請求をしていたことが推認され、右認定に反する乙第一号証の二および証人市木政信の証言(一部)は信用できず、その他これを動かすにたりる証拠はない。すると右原告ら七名は、いずれも市木職場長がその指示により各工作指導掛に与えていた有給休暇の請求の受理についてこれまで認めていた慣行的取扱いを改める前に、すなわち工作指導掛らが従来の慣行に従いその請求を受理できる段階において適法に有給休暇の請求をしたものであり、これに対し被告は、右原告らに対して時季変更権を行使したことを主張立証しないから、右原告らは、三一日に一日の有給休暇を得たものというべきである。

なお原告遠藤明、大谷徳夫本人尋問の結果によると、原告大橋幸作、大堀金三郎、渡辺吉美、大谷徳夫は、三月三〇日午後三時頃工作指導掛らから岩淵助役のところへ行くように言われたが、同助役のところへ行かなかつたことが認められるが、これによるも右の理由に変りはない。

(二)  被告は、原告藤田栄三は同年三月三一日に無届けで欠勤したものであり、同日、同増子正、柳沼幸恵は三浦職場長にいずれも代人により同日に一日の有給休暇を請求したが、承認されなかつたと主張するところ、

(1)  証人三浦邦雄の証言、原告藤田栄三本人の尋問の結果によると、右原告ら所属の工機職場では、従来有給休暇の手続は、請求は口頭をもつて工作指導掛又は一級工作掛に申し込み、工作指導掛らはこれを出欠簿に記入して事務掛に廻し、事務掛はこれによつて休暇票に記載し、職場長が差支えないと認めると右休暇票に押印して承認していたことが認められる。

(2)  原告藤田栄三本人尋問の結果によると、同原告は三月三〇日担当の伊藤工作指導掛が出張のため不在であつたので、代務の二瓶工作指導掛に同月三一日に一日の有給休暇の請求をしたことが認められ、右認定に反する証人三浦邦雄の証言は信用できない。

(3)  証人三浦邦雄の証言およびこれにより成立を認める乙第三号証によると、原告増子正、柳沼幸恵は三月三一日の朝三浦職場長にいずれも代人の伊藤徳弥により同日に一日の有給休暇の請求をしたので、同職場長は闘争(後記三の闘争をいう。以下同じ)に参加していれば不承認、参加していなければ承認する旨を伝えたことが認められる。

右の事実によると、工機職場では慣行として工作指導掛又は一級工作掛が有給休暇の請求を受理し、職場長においてこれを承認していたものであつて、原告藤田栄三の有給休暇の請求は右慣行により適法になされたものというべく、これに対し被告において同原告に対して時季変更権を行使したことを主張立証しないから、同原告は三一日に一日の有給休暇を得たものというべきであり、同増子正、柳沼幸恵のそれは、三浦職場長から闘争参加を解除条件として休暇の承認をうけたものである(ただし解除条件付承認の効力については、本件の判断に影響がないので、特に検討しない。)。

(三)  同年三月三〇日、原告安藤功が大島職場長に同月三一日に一日の有給休暇の請求をしたことは当事者間に争いがなく、証人大島幸吉の証言およびこれにより成立を認める乙第五号証によると、大島職場長は、原告安藤功に対し休暇請求の理由を聞いた際、東京へ旅行するとの同原告の答えがあいまいであつたので、当時予想されていた闘争に参加させないため承認しない旨を述べたことが認められる。

ところで使用者は、労働者が有給休暇を争議行為に利用する目的で請求したことが明らかな場合には、後記のとおりこれを拒否できると解するので、大島職場長が原告安藤功に対しその点で休暇請求の理由を聞いたことは不当とはいえないが、単に同原告の答えがあいまいであるとのことで不承認とすることは、有給休暇の請求を不当に制限する危険がある(現に同原告の三一日の有給休暇の請求中午後半日が、有効であること後記のとおりである。)ので、許されないものと解する。従つて原告安藤功は、三一日に一日の有給休暇を得たものというべきである。

(四)  同年三月三〇日、原告柳川林次郎は佐々木工作指導掛に、同遠宮俊男、小谷野勇は佐藤工作指導掛に、いずれも同月三一日に一日の有給休暇の請求をしたことは当事者間に争いがなく、被告は、右工作指導掛らが、右原告らに対し桑野職場長に直接休暇の請求をすることを伝えたが、右原告らは同職場長に請求をしなかつたので、休暇の請求およびこれを承認された事実はなく、右同日、原告橋本伝吉は桑野職場長に同月三一日に一日の有給休暇の請求をしたが承認されなかつたと主張するところ、

(1)  証人桑野良一の証言によると、右原告ら所属の鍛治職場では、従来有給休暇の手続は、工作指導掛に休暇申込簿に記入して請求しまたは口頭で請求して工作掛が休暇申込簿にこれを記入したうえ申込簿を助役を経て職場長に廻付し、職場長が差支えないと認めると、事務掛において休暇票に記入し、最後に職場長が休暇票に押印して承認していたことが認められる。

(2)  証人吉田文之助の証言により成立を認める甲第三号証、証人桑野良一の証言により成立を認める乙第八号証および原告橋本伝吉本人尋問の結果によると、桑野職場長は同日午後二時四五分頃から三時一〇分頃までの間に助役および各工作指導掛に対し三一日の有給休暇の請求は同職場長に直接させるよう指示したところ、右原告ら四名は、それより前に、すでに工作指導掛ら(原告橋本伝吉は佐藤工作指導掛)に有給休暇の請求をしていたこと、原告橋本伝吉は、桑野職場長のところに行つたけれども、それは有給休暇の請求のためのものではなく、同職場長の処置に対し抗議に行つたものであることが認められ、右認定に反する前掲乙第八号証(一部)および証人桑野良一の証言は信用できない。

右の事実によると、鍛治職場では、慣行として有給休暇の請求は工作指導掛が受理し職場長においてこれを承認する取扱いであつたところ、右原告らの請求は職場長の指示により右慣行的取扱いを改める前に工作指導掛において受理されたのであつて、右原告らの有給休暇の請求は、適法になされたものというべく、これに対し、被告において右原告らに対して時季変更権を行使したことを主張立証しないから、右原告らは、三一日に一日の有給休暇を得たものというべきである。

なお原告橋本伝吉本人尋問の結果によると、原告柳川林次郎、遠宮俊男、小谷野勇は、すでに前記有給休暇を請求した約一時間後に工作指導掛らから桑野職場長のところへ行くように言われたが、同職場長のところへ行かなかつたことが認められるが、これによるも右の理由に変りはない。

(五)  同年三月三〇日、原告大越民治が勅使河原工作指導掛に対し、同月三一日に午前半日の有給休暇の請求をしたので、同工作指導掛は、同原告に対し久米職場長に直接休暇の請求をすることを伝えたことは当事者間に争いがなく、被告は、同原告は同職場長に請求をしなかつたので、休暇の請求およびこれを承認された事実はないと主張するところ、証人久米武男の証言およびこれにより成立を認める乙第一二号証によると、同原告所属の電機職場では、従来有給休暇の手続は、慣行として工作指導掛が口頭で申込みを受けて受理し、職場長においてこれを承認する取扱いであつたところ、同日久米職場長は右取扱いを改め直接職場長に請求をするよう指示したこと、原告大越民治が勅使河原工作指導掛に休暇の請求をしたのは、右指示がなされた後であつて、同工作指導掛が同原告に対し久米職場長に直接休暇の請求をすることを伝えたのは、同職場長の指示によること、同原告は同職場長にその請求をしなかつたことが認められる。

右の事実によると、原告大越民治は、久米職場長がその指示により、従来勅使河原工作指導掛が慣行的に受理していた有給休暇の請求を、直接職場長において受理することに改めた後に、その請求を受理する権限のない同工作指導掛に有給休暇の請求をしたにすぎなく、同職場長に請求をしなかつたものであるから、これをもつて適法な有給休暇の請求をしたということはできず、同原告は、三月三一日午前の勤務に無断欠勤したというほかはない。

従つて原告大越民治の本件賃金請求は、この点において失当である。

三  被告は、有給休暇を争議行為に利用したときは、賃金請求権がない旨を主張するので、以下この点について順次検討する。

(一)  原告らの所属する国労が昭和三七年三月二七日頃年度末手当要求(〇・五箇月プラス三、〇〇〇円)を貫徹する目的で、「一、各地本は全組合員に経過を明らかにし、たたかう体制を強化すること。二、支社長、局長、工場長に対し集団抗議の主張を中央交渉妥結まで連日行なうこと。三、各地本は指令第二三号の順法、業務切捨て闘争を本日以降強化し、客貨列車に打撃を与えること。四、各地本は三月三〇日二二時以降三一日八時までの間に運輸運転関係職場を指定して勤務時間内二時間の時限ストを実施すること」等の争議を実施することを決定し、その旨を鈴木委員長名をもつて各地方本部に指令し、右指令をうけた国労仙台地方本部は、岩沼駅を拠点として右指令の時限ストを実施することを決定し、傘下組合員にその旨を指令したこと、三月三〇日午後一一時四〇分頃から岩沼駅構内において被告主張のような行動が行なわれ、翌三一日午前六時一〇分頃ピケ隊の解散により闘争が終了したが、右闘争のため第一一三旅客列車が一三分三〇秒遅延して出発したほか、岩沼駅の一般業務に対する影響があつたこと、原告らが右岩沼駅における闘争に参加したこと、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  原告らが本件有給休暇を右闘争(争議行為)に利用したか否かにつき考える。原告らは、岩沼駅における闘争に使用した時間は、本来有給休暇の対象とならない勤務時間外であることを強調し、前認定のとおり昭和三七年三月三一日の郡山工場の出勤時間である午前八時二五分より前である同日午前六時一〇分頃にはピケ隊の解散により本件闘争が終了している。しかし一方弁論の全趣旨によると、原告らが同日郡山工場に出勤するには、早くても岩沼駅午前七時一六分発の準急に乗り、郡山駅に午前九時一七分頃に到着するので、最低約一時間は遅刻すること、原告らは、国労仙台地方本部の指示により本件闘争に参加したものであり、いずれも右闘争参加の堅い決意を有していたこと、しかも原告鈴木利喜雄本人尋問の結果によると、当初の解散予定時刻は三一日午前八時頃であり、従つて本件闘争は予定よりも約二時間早く終了したことが認められる。そして前認定のとおり有給休暇は労働協約により一日又は午前、午後各半日を単位として請求することになつているのであるから、これらの事情をあわせ考えると、かりに原告らが休暇利用状況表記載のとおり有給休暇を利用したとしても、三一日の有給休暇の請求中午前半日は、原告らにおいて、本件闘争に参加すると場所的、時間的にみて、どうしても同日の郡山工場の出勤時間までに工場に帰ることができないので、右闘争参加を主たる目的としてした、すなわち有給休暇を右闘争に利用したものとして、勤務時間内に闘争をした場合に準じて同一に評価せざるを得ない。しかし右の事実に、弁論の全趣旨によると債権目録(第二)記載の原告らがいずれも三一日の午後から郡山工場に出勤していること、かりに同目録(第一)記載の原告らが本件闘争参加により心身の疲労が激しく就寝して休養する必要があつたとしても、これを確認することは事実上不可能であり、これを理由として有給休暇の成立を否定することは、労働者の休暇利用の自由に対する干渉となること(心身の疲労のため全く能率があがらないようなことがあれば、その結果をとらえて適当な処分をすべきである。)とをあわせ考えると、同目録(第一)記載の原告らの三一日の有給休暇の請求中午後半日は、被告主張のように右闘争参加を目的としてした、すなわち有給休暇を右闘争に利用したものとして、勤務時間内に闘争をした場合に準じて同一にはたやすく評価できない。従つて有給休暇の請求と承認の効力に関する被告の主張は、三一日午後半日については、その前提を欠くものであるから、この点において失当であつて、被告は右半日については有給休暇の成立を否定できないものといわねばならない。

(三)  ところで有給休暇請求権の本質については争いがあるが、労働基準法第三九条第三項が、使用者は、有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならないとし、ただ事業の正常な運営を妨げる場合に限りこれを請求した時季に与えず他の時季に与えることができる旨を規定していることからすると、同項は労働者にあくまでも自由な時季に自由な時間を与えようとしつつ、それを事業の正常な運営が犠牲とならないようにとの考慮から、労働者の権利の保護と、事業の正常な運営の維持との調整を図つたものと解せられる。従つて有給休暇は、あくまでも使用者が労働者の労働力を支配するという作業体制にあることを前提とするものであるといわねばならない。ところで争議行為は、労働者がその労働力を使用者の支配から離脱させ、作業体制を一時的にこわすことを本質とするものであるから、この点で使用者が労働者の労働力を支配するという作業体制を前提とし、その枠の中で認められる有給休暇制度とは本質的に相容れないものといえる。従つて労働者は、争議行為のために有給休暇を請求できないし、使用者は、労働者が有給休暇を争議行為に利用する目的で請求したことが明らかな場合には、これを拒否して与えないことができるのであり、労働者が右の目的を秘匿して請求したため(労働者が有給休暇を請求するにあたりその利用目的を述べる必要のないことは、前記法条の規定の仕方からみても明らかであるから、使用者は、事前にその利用目的を知ることができない場合が多いであろう。)すでに有給休暇の請求に承認を与えた場合にも、労働者がそれを争議行為に利用したときは、有給休暇の成立を否定し、賃金の支払いを拒絶できるものと解する。

これを本件についてみるに、原告ら(ただし原告大越民治を除く。以下同じ。)は、昭和三七年三月三一日の午前半日の有給休暇を、その利用目的を秘匿して(弁論の全趣旨によりこれを認める。)請求したが、これを前記岩沼駅における闘争すなわち争議行為に利用したものとして、勤務時間内に闘争をした場合に準じて同一に評価せざるを得ないこと前記のとおりである。すると被告は、原告らに対する三一日午前半日の有給休暇の成立を否定し、賃金の支払いを拒絶できるものである。

原告らは、かりに原告らが違法不当な行為を行なつたというのであれば、その行為自体を許された範囲で処分すればよいのであるから、一旦与えた有給休暇の承認を取り消すのは、有給休暇制度の趣旨および公平の原則に反し、まさに取消権の濫用であると主張し、被告が本件闘争について原告らの一部の者に対し制裁処置(戒告)をとつたことは被告の認めるところであるが、懲戒処分としての制裁と、有給休暇の成立の否定(賃金カツト)とは両立するのに何ら妨げがないし、原告らは、当然の権利として改めて他の時季にそれに代るべき有給休暇を請求できるものと解せられるから(被告も、その仮定的抗弁においてこれを認めている。)、必ずしも一方的に原告らにとつて不利益ともいえず、右主張は失当である。

右の理由により、債権目録(第一)記載の原告らの本件賃金請求中、昭和三七年三月三一日午前半日分の賃金請求(同目録(第一)賃金カツト額らん記載の金員の半額)および同目録(第二)記載の原告ら(ただし原告大越民治を除く。)の本件賃金請求は、この点において失当である。

四  休暇使用一覧表記載の原告ら(ただし原告橋本勝蔵、国井豊重、鈴木ツキ子の本件賃金請求は、右のとおりすでに失当であるから、これらの原告を除く。)に対する被告の仮定的抗弁につき考えるに、労働協約および就業規則によると、右原告らは、一年間に二〇日の有給休暇をとることができることになつており、又この二〇日は発給日から二年内にとることができ、二年を過ぎた場合はとることができないことになつていること、右原告らに関する発給日および休暇日数の計数上の主張事実が被告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

被告は、その主張三(二)(2)で、休暇使用一覧表記載の期間内において休暇日数を使い切つた最終の日の休暇請求にあたつては、右原告らとしても、昭和三七年三月三一日が有給休暇をとつたとは認められなく、その日は欠勤扱いとなるべきものであり、従つて同日の代りに後に一日ないし半日の休暇をとることができることを当然の前提として休暇日数を計算して請求したものである云々と主張するが、その事実の存否はともかく、右原告らの三一日午後半日の不就労は、前認定のとおり適法な有給休暇によるものと認められるから、前記最終日に対する右原告らの有給休暇の請求は、本来請求権のないのにしたものであり、たとえ被告が承認したとしても有給休暇の法律関係は成立しない。被告は、被告がすでに右原告らに支払つた同表記載の期間に対する賃金は、三月三一日(午後半日)の分をも含めた賃金に充当されたものであり、前記最終日のそれには充当されず、従つて三一日(午後半日)の賃金はすでに支払ずみであると主張するけれども、そのように解すべき法律上の根拠はないから、右主張は失当である。

次に相殺の主張につき考えるに、被告は、仮定的に最終日の賃金支払の不当利得返還請求権と、三月三一日(午後半日)の賃金債務とを対当額において相殺する旨を主張するところ、労働基準法第二四条第一項によると、賃金はその全額を支払わねばならず、ただ法令又は労働協約に別段の定めがある場合に限りその一部を控除して支払うことが許されているにすぎない。右の規定は、労働者の生活保障のため賃金支払の現実の履行を確保することを目的としているものであるから、原則として賃金債務に対しては、使用者の労働者に対する反対債務の発生原因の如何を問わず相殺することを許されないとの趣旨を包含するものと解する。従つて法令又は労働協約に基づく特段の事情につき主張立証のない本件では、被告主張のように、前記原告らに対する不当利得返還請求権を自働債権として賃金債務とを相殺することは、前記法条に違反し許されないから、右主張も失当である。

被告は、さらに右原告らが被告主張の正当なことを前提とするものとしか考えられない前記最終日についての有給休暇の請求を行ない、被告の承認を得て休み、かつ賃金を受領しながら、右の事情と全く両立することのできない本訴請求をあえて維持することは、信義に反し権利の濫用に亘るものであると主張するが、三月三一日の有給休暇の請求と承認の効力についてはあくまでも争いがあり、また賃金支払については、労働者の生活保障のためその現実の履行を確保することの必要のあること前記法条の目的とするところでもあるから、右原告らの三一日午後半日分の賃金請求をもつて、権利の濫用とは到底解されない。

五  以上の次第で、債権目録(第一)記載の原告らの本訴請求中、昭和三七年三月三一日午後半日分の賃金(同目録(第一)認容額らん記載の金員)およびこれらに対する右金員の支払期日の翌日である同年四月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は、適法な有給休暇に基づくもので正当と認められるからこれを認容し、右原告らのその余の請求および同目録(第二)記載の原告らの請求は、失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

なお仮執行の宣言はその必要がないものと認めるからこれをしない。

(裁判官 石井義彦 佐々木泉 安達敬)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例